高井野の地理>名勝

秘池・雨池〜落葉松に抱かれた湿原

「雨池湿原」とその中にある池塘「雨池」は『信州高山村誌』第一巻自然編に『村境の悪婆山の北中腹にある雨池(あまいけ)(標高1375m)を知る人は、現在どれほどいるだろうか。』と記されているように、辿る道もなく知る人ぞ知る秘池です。
雨池
↑雨池と芽吹きのカラマツ林(2019.5.20)


探訪

位置の特定

〈雨池山〉と『雨池』  国土地理院地図に『雨池』の記載はなく、『信州高山村誌』第三巻地誌編の付録「高山村の地名」には奈良山の東方に〈雨池山〉と「雨池」が記されていますが、池まで辿り着く道は描かれていません。
←「高山村の地名」(部分)に記されている〈雨池山〉と「雨池」
(クリックすると大きくなります)
※国土地理院地図では悪婆山の位置がこの地図よりも北西で、雨池の真南にあるピーク(1582m)になっている

奈良山  御飯岳の中腹を通る群馬県道・長野県道112号大前須坂線から奈良山の東側斜面を見渡せますが、池も湿原も見えません。
←”一杯清水地籍”付近から望む奈良山

雨池湿原と雨池  長野県道346号五味池高原線の12号カーブ付近から尾根伝いに悪婆山を経て奈良山の中腹まで拓かれている作業道を歩くと、北側斜面の雑木の隙間からかろうじて池の水面と湿原らしき草原を見ることができます。
←悪婆山の作業道から見える池と湿原

悪婆山〜奈良山 ←県道五味池高原線〜悪婆山〜奈良山までのルート

Google Earthの航空写真には、奈良山の東側斜面のカラマツ苗を新植した区画の上方に樹木の生えていないテラスのような場所が写っており、池は見えないものの地形的にこの平坦地が雨池湿原の位置と特定できそうです。
奈良山と雨池湿原
↑奈良山・悪婆山と雨池湿原(Google Earthによる)


探訪

造林小屋  福井原から林道湯沢線を進むと、かつてこの辺一帯の山で植林した際に作業者が寝泊まりした造林小屋があります。

須坂市市有林案内板  造林小屋の傍にある「須坂市市有林〔粕ィ(うばたけ)〕」の案内板を確認すると、雨池から発したと思われる渓流が作業道と接近している箇所があり、そこから沢を登り詰めると池に辿り着けそうなことがわかります。

作業道入口  湯沢線を造林小屋から「婿入」地籍まで進むと、カラマツを伐採して新たに苗を植えた新植地に到着します。
 作業道の登り口にはチェーンが張られ
「これから先は、許可なく車両や歩行者の通行を禁止します。
無断で通行して事故等が発生しても一切の責任は負いません。
管理者 高山村」
と看板が立っているので、通行は自己責任になります。

笹漕ぎ  作業道の終点から水がわずかに流れる沢を登り、カラマツ林の中を笹漕ぎすると、突然、空が開けた平坦な場所に辿り着きます。

湿原  湿原の位置
・北緯36度37分58秒
・東経138度24分26秒
・標高1372m

 湿原を歩くと柔らかなクッションのようにポクポクしています。

バイケイソウ  バイケイソウが新芽を伸ばしていました。

蒐場  イノシシが泥浴びをした蒐場がありました。以前は「イノシシは足が短いので積雪の多いところには生息しない」と言われていましたが、最近はこんな所まで進出しているようです。

クマの糞  冬眠明けのクマの糞もありました。

流出口  池の端からはけっこうな量の水が流れ出ています。普段は途中でほとんど地下に浸透して、沢を流れる水量は僅かです。

造林小屋〜雨池
↑造林小屋から雨池までのルート(カシミール3Dによる)


雨池湿原の概要

『信州高山村誌』から引用します。

崩壊地形

奈良山と押出し地形  奈良山(なろうやま)東方の雨池(あまいけ)を囲む斜面は、地すべり性の崩壊地形であり、雨池は地すべり地形の凹部に湛水(たんすい)したものである。 雨池の下方には押出し土砂が堆積し、樋沢川谷底に張り出している。

←奈良山と崩壊地形(Google Earthによる)

雨池湿原

雨池湿原
↑雨池湿原とカラマツ林(2019年5月20日)

悪婆山(あくばさん)の北、奈良山(なろうやま)の東側に尾根で囲まれた崩積(ほうせき)平坦地にできた雨池(あまいけ)湿原は、東西160m、南北90mほどの横長い楕円形で、そのなかに長径90m、短径30mの開放水域(池)がある。 湿原はミズゴケを中心とした草原湿性植生であるが、周辺から灌木(かんぼく)が入りこんできている。

雨池

雨池と小島
↑雨池と小島(2019年5月20日)

池内の小島に水神の祠を祭り、雨乞いをしたことから雨池と名づけられたといわれ、また高いところにあるので天池とも書くという。

雨池概略  水の涵養(かんよう)は湧出水のほかは融雪水と雨水によっている。
 水深はせいぜい1mぐらいで、東側の渓流を通じて樋沢川へ流れ出ている。
 水質はミズゴケ湿原からの有機質腐食酸に支配されたpH5.8〜6.1の有機酸性で、国内では尾瀬ヶ原湿原、八甲田湿原、志賀高原渋池・四十八池、霧ヶ峰湿原などがこれに該当する。
 水中にミネラル成分が少ないため電気伝導度は102〜125μS/cmと低い値であった。
 以前の報告では魚類はいないと書かれていたが、現在は魚影がみられ、ギンブナと確認されている(2001年須坂水の会)。 その後、イワナやヤマメなどの放流話があった。

←雨池の概略(『信州高山村誌』第一巻自然編)


古の記録

明治初期に編纂された『長野縣町村誌』と同時期に作成された『牧村絵図』や、大正3年発行の『長野縣上高井郡誌』添付地形図には、「雨池」に関する記載や池が描かれています。


『長野縣町村誌』高井村

山:【雨池山】

高さ356丈、周囲未だ実測を経ず。村の東方に在り。
 嶺上より二分し、南は同郡園里村に属し、北は本村に属す。
 山脈、東は破風ヶ嶽に連り、西は阿久婆山に連亙し、南は同郡園里村の乳山に走る。樹木生ぜず、草茅を生ずるのみ。
 東嶺に小池あり、雨池と号、依って山名とす。
 登路1條あり、上樋澤橋より、南へ折れて登る、平易にして、登高凡2里28町。

池:【雨池】

官有に属す。村の東方2里28町に在り。東西78間、南北43間2尺、池中に浮島あり、弁才天の神祠を安置す。 近隣の里俗、旱魃の時に當り、祈雨に必ず霊験ありと云い、雨池と称せり。

『長野縣町村誌』牧村

山:湯澤瀧澤山の内【雨池山】

 高さ凡そ336丈、周囲1里50町、未だ実測を経ず。本村より辰の三分にあり。
 頂上にて二分し、南は本郡園里村に属す。東西北は本村に属す。
 山脈、南は本郡園里村鎧石に連なり、東は本村床名山に連なり、西は本村小倉山に連なり、北は樋澤川に峙つ。雑樹多し。


牧村の絵図

牧村絵図 ←【高井郡牧村絵図】(明治11年ごろ、長野県立歴史館蔵)
※「小倉山」の山腹に池と樋沢川までの水路が描かれ「あま池」と記されている
(クリックすると拡大表示します)

牧村絵図 ←【牧村(絵図)】(明治16年ごろ、長野県立歴史館蔵、掲載許可者:長野県立歴史館、平成24年3月7日)
※「雨池山」の山腹に池と樋沢川までの水路が描かれているが、池名はない
(クリックすると拡大表示します)

牧村の絵図
↑牧村絵図(明治20年、『信州高山村誌』)
※村境近くの山腹に池と樋沢川までの水路が描かれているが山名や池名の表記はない


『長野縣上高井郡誌』

上高井郡全図(部分) ←【大日本帝國信濃國上高井郡全図】(部分)(『長野縣上高井郡誌』添付)
※「雨池山」の山腹に池と樋沢川までの水路が描かれているが、池名はない
(クリックすると拡大表示します)


 古来、雨池山一帯は近隣町村の入会地で、『長野縣町村誌』に「草茅を生ずるのみ」と記されているように広大な(まぐさ)山でした。
上高井郡高井村外1町4ケ村組合山略図
↑上高井郡高井村外一町四ケ村組合山略図(『須高』No.29)
 農業の近代化に伴い山の草を刈って田畑の肥料にする必要がなくなったことから、昭和42〜43年(1967〜68年)に雨池の周囲はカラマツが植林されました。
 近年は生長したカラマツに囲まれて池も湿原も他所からほとんど見えず、訪れる人もなく、山の中腹で静かに佇んでいます。


参考にさせていただいた資料

最終更新 2019年 8月 9日

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