高井野の行事>「北信流お盃の儀」
北信地方において披露宴や祝賀会などのおめでたい宴席はもとより、送別会やちょっとした会合の酒の席、お葬式や法事の後のお斎(おとき)の席などにおいても、主賓や主宰者に祝意や感謝の意を表して献杯し、宴席のけじめとする儀式です。
江戸時代の松代藩における『お盃の式』に倣って松代の人達が行った儀式が次第に周辺地域に広まり、はじめは「真田十万石流お盃の儀」といわれていたものがいつしか「北信流お盃の儀」略して「北信流」と呼ばれるようになったといわれています。
斎藤 勲(長野市松城町新馬喰町)
大正6年、私が青年会長(新五同士会)の頃、ときの長野県知事・赤星典太氏が民情視察で松代へ来られ、官民合同の大宴会となったが、ときの収入役・宮沢久吾さん(旧松代藩士)が立って曰く
「松代藩には余程以前から『お盃の式』というのがある。これは藩士が城へ招かれたり、または殿様が公的の場に臨まれたとき、藩の泰平弥栄と藩主の健康長寿を祈って、代表者を選びお盃を差し上ぐる式であるから、この式をもって知事閣下へ差し上げたい。
盃の代表には矢沢松代町長、斡旋役(お酌)には助役さん、口中のお肴は○○さん(謡の上手名人)」と指名し盃を差し上げたところ、知事閣下曰く
「私は県下各町を廻ったが斯様に丁重な祈儀をもっての扱ははじめてだ。さすがは十万石の城下町だ」と大変ご満悦であった。
これはよいことだと松代の町の人達はこうした場合とか結婚の新郎新婦等の場合などには必ずという程やり出した。
私はそのうち松代の郵便局長になって、たまたま、当時の監督局長名古屋逓信局長・野本正一閣下が来長せられ、蔵春閣で北信全体の郵便局長は勿論、県市の有力者も臨席の場でこれをやったところ大喝采となり、爾来いつとはなし、結婚式、役人の送迎、謝恩会等いずれの場合にも応用せられ、
北信全体に広がり、北信の人達は東信へ行ってもやると云うので、最初「真田十万石流」が「北信流」といつか云うようになっておるらしいです。
『長野』第49号より
宴会がお開きに近づいた頃、参会者のうちの一人が主賓に盃を差し上げる旨の動議を出します。
動議を出した人は出席者の賛同を得た後、盃を差し上げる人、お肴(小謡)を出す人を指名します。
盃を差し上げるよう指名された人は、自分の盃と徳利を持って主賓の前に進み、盃を渡して酒を注ぎます。
お肴を出す人は、酒が注ぎ終わったのを確認したら、お肴(小謡)を出します。小謡はその場の雰囲気に合ったものとします。
お肴が終わったら、主賓は酒を飲み干します。
接待者はもう一度盃に酒を注ぎます(これを「お加え」と言います)。
主賓は盃ごとのお礼を言い、逆の対応をします。
周辺へ広がるに連れて「北信流」もその地域流に変化しているようです。
松代藩の礼者(礼儀を教える人)だった三輪西三郎氏の話と伝えられています。
司会者もしくは来賓代表が頃合いを見計らって動議を提出します。
「僭越ながらみなさまにおはかり申し上げます。ここで新郎新婦にお喜びのお盃を差し上げたいと存じます」(拍手)
「つきましてはその代表役割の方の指名をもお任せいただければ幸いでございます」(拍手)
「お盃を差し上げる方は○○様と●●様、斡旋(お酌)の方は□□様と■■様、口中のお肴は△△様にお願いいたします」
指名された人は新郎新婦の席の前に進み、盃を渡してお酌をします。
お肴(鶴亀、高砂、竹産島その他目出度い小謡の一節)が披露されている間に、新郎新婦は3口くらいで飲み干します。
新郎がお礼の言葉を述べます(貰い切りでお返しはしません)。
「只今はご丁重なお盃を頂戴し、有難く幾久しく頂き納めます」
高位の方にお盃を差し上げる場合も同様です。
司会者もしくは長老格が頃合いを見計らって動議を提出します。
「僭越ながらみなさまにおはかり申し上げます。ここで本日の主賓◎◎様にお喜びのお盃を差し上げたいと存じます」(拍手)
「つきましてはその代表役割の方の指名をもお任せいただければ幸いでございます」(拍手)
「お盃を差し上げる方は○○様、口中のお肴は△△様にお願いいたします」
指名された人は座敷の中央に進み、盃を貰う側が上座に正座し、盃を渡してお酌します。
お肴(鶴亀、高砂、竹産島その他目出度い小謡の一節)が披露されている間に、3口くらいで飲み干します。
来賓はお礼の言葉を述べ、お返しをします。
「只今はご丁重なお盃を頂戴し、有難く存じます。本来なら銘々へ差し上ぐるべきところ略儀ながらご代表の方へ差し上げますのでお受けをお願いいたします。
口中のお肴につきましては△△様にお願いいたします」
主宰者が先に貰った場合は来賓にお返しをします。
「本来ならば永らく世話になりましたので当方より差し上げるべきところ、お先に頂戴し恐縮しております。ご銘々様に差し上げるべきところ略儀ながら代表の方へ差し上げますのでお受けをお願いいたします」
お返しの口中のお肴は極めて短い一節とします。
近年は宴の中頃や、お開きに近い相当に酒の廻った頃に行われています。
古老によれば、本来は宴の始まりに礼儀を尽くしておくことが座の決まりとして大切で、
酒の席というものは兎角心易くなり、乱れ勝ち、失礼勝ちとなるので、宴が始まったらお盃の礼式は済ませておき、酒が廻ってきたら大いに談笑し、唄ったり踊ったりもよい、といわれていたそうです。
最終更新 2012年 3月 8日