高原でニッコウキスゲが咲くころ、草刈をしていない畑の土手でヤブカンゾウが花盛りです。
春の新芽は美味しい野草としてもぎ取られ、夏は刈り取られて家畜の餌や田畑の肥料にされてきたにもかかわらずしぶとく生き残って咲く花は、見るだけで暑苦しくなります。
また雄しべが花びらのように変化して八重咲きになっている様子は、ユウスゲの爽やかさとは対照的な、したたかささえ感じます。
柳宗民の『雑草ノオト』にはヤブカンゾウについて「いつの時代にか、何の目的があってか、わが国に渡来し、各地に居着いてしまった古い帰化植物らしい。」と書いてあるそうで、きわめて身近な植物にもかかかわらず、故事来歴はずいぶん曖昧です。
インターネットの検索結果をまとめると以下のような横顔になります。
・原産:中国
・原種:中国に生育しているホンカンゾウ
・渡来時期:有史前
・渡来理由:食用もしくは薬用として栽培するために持ち込んだ
・増殖方法:3倍体※のため種ができず、根が増えて繁殖する。栽培していたものが逃げ出して野生化した。洪水で流されて広がった。
ヤブカンゾウは、平地や丘陵地の斜面、田畑の土手、道端、川縁、林縁などいたる場所に自生しています。
このように村落や都市など人間の生活圏に限って出現する植物を専門家は「人里植物」と呼び、オオイヌノフグリ、ホトケノザ、セイヨウタンポポ、セイタカアワダチソウなどとともに、ヤブカンゾウも「人里植物」に含めています。
おなじ「人里植物」とはいってもタンポポは種を風に飛ばして遠くまで移動できますが、種ができないヤブカンゾウはどうして広がって行くのでしょうか。
仮に根が1年に1メートル伸びたとしても、1キロメートル先まで到達するのに1000年かかり、人里全体を覆うまでには気の遠くなるような時間が必要です。
もともと川の上流の岸に生えていたものであれば、大雨で河川が氾濫して押し流されたときに、かなり先まで短時間に移動することは可能です。
ではどうやって中国から川の上流に移動したのでしょうか。
ヤブカンゾウと同じく3倍体で種ができないのに人の暮らしの周りで繁殖している植物に、ヒガンバナ※、別名、曼珠沙華があります。
火事花(かじっぱな)、死人花(しびとばな)など、日本中で呼び名が1,000以上あるほど親しまれ、昔から植物学者が研究してきた結果、花が特徴的なことと球根(鱗茎)が救荒作物として利用できることから、人が球根を運んだことによって広がったとされています。
同じようにヤブカンゾウも人が根っこを持ち運んだことによって広まったとすると、どこそこの寺の坊主が持ってきた植えたとか、若葉を食べるために栽培方法を教えたとかいう伝承や記録があってもよさそうです。
まだヤブカンゾウの研究がどこまで進んでいるのか調査不足ですが、ヒガンバナと違って名前に華がないため、あまり研究成果が目立たないのかもしれません。
今、ヤブカンゾウが咲いている畑の辺りは平安時代に朝廷の牧場「勅旨牧」の一部であったことから、大陸から渡来して牧場を経営した騎馬民族が馬の餌として持ち込んだものが、献上馬とともに都へ運ばれたり、大雨で千曲川まで流され、善光寺平一帯から越後平野まで広がったのではないかなどと想像を逞しくもできます。
別名の「忘れ草」(牧野富太郎はこちらを和名としたらしい)は万葉集※にも歌われているそうですので、「曼珠沙華」の向こうを張って「忘れ草」という歌を可愛い女性歌手に歌わせたらもうちょっと知名度が上がるかもしれません(「中条きよしがもう歌ってるよ。それに『勿忘草(わすれなぐさ)』に間違えられるよ」とは外野の声)。
それにしても不思議な花です。
- やぶかんぞう【藪萱草】:
ユリ科の多年草。原野に自生。高さ約80センチメートル。根は黄色、末端は往々塊状となる。葉は狭長。夏、茎頂にユリに似た橙赤色の八重咲きの花を1日だけ開く。若葉は食用。ワスレグサ。カンゾウナ。萱草(けんぞう)。 広辞苑- さんばいたい【三倍体】:
〔生〕基本数の3倍の染色体をもつ倍数体。四倍体と二倍体との交雑によって生じ、有性生殖では系統を維持できない。種なし西瓜その他の園芸植物・栽培植物でつくられる。 広辞苑- ひがんばな【彼岸花・石蒜】:
ヒガンバナ科の多年草。田のあぜ・墓地など人家近くに自生。秋の彼岸頃、30センチメートル内外の一茎を出し、頂端に赤色の花を多数開く。花被は6片で外側に反り、雌しべ・雄しべは長く突出。冬の初め頃から線状の葉を出し、翌年の春枯れる。有毒植物だが、鱗茎は石蒜(せきさん)といい薬用・糊料とする。カミソリバナ。シビトバナ。トウロウバナ。マンジュシャゲ。捨子花。天蓋花。 広辞苑- わすれぐさ【忘れ草・萱草】:
ヤブカンゾウの別称。身につけると物思いを忘れるという。 広辞苑- 万葉集
忘れ草 吾が下紐につけたれど 醜の醜草 言にしありけり : 大伴家持
ヤブカンゾウ:
山菜としては、春、土から顔を出した若い葉と、梅雨期に直立した茎の先につくつぼみを利用する。 信州高山村誌
若い芽は、和え物、煮物、てんぷら、油炒め、汁物の実などにして食べられます。
科名 | キスゲ科(ワスレグサ科、ゼンテイカ科)ワスレグサ属 (キスゲ属、ヘメロカリス属)、ススキノキ科、ヘメロカリス科、ユリ科 |
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学名 | Hemerocallis fulva L. var. kwanso Regel ヤブカンゾウ 標準 Hemerocallis disticha Donn ex Ker Gawl. var. kwanso (Regel) Nakai ヤブカンゾウ synonym Hemerocallis fulva L. f. kwanso (Regel) Kitam. ヤブカンゾウ synonym |
薬効 | 根を乾燥したものは利尿薬として使われます。 つぼみを乾燥したものは解熱に効きます。 |
季語 | |
撮影 | 2009年 7月11日 2012年 7月14日 2012年 7月14日 2010年 7月21日 |
更新 | 2013年 7月12日 |
【花の色】
白
青〜青紫
紫
桃
赤〜朱
黄〜橙
緑
混合
【実の色】
黒〜黒褐色
赤〜橙色
紫色
茶〜褐色
緑色
黄色
白〜灰色
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