久保の家
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爺ちゃん婆ちゃんとその他大勢全員集合

「ぴんぴんころり」

爺ちゃん

岡田 定男(おかださだお)(近所の人からは”さだおさん”と呼ばれていました)
1919年(大正8年)11月 8日、長野県高井村(現在は山田村と合併して高山村)に生まれた未年です。
尋常小学校5年(10歳)から、土曜の午後と日曜は須坂市高橋町の勝山魚店さんで奉公しました。 魚屋さんのご主人夫妻にはずいぶん可愛がられ、学生服を買っていただいて学校へ通い、着物姿の子どもばかりの中で一人だけ学生服だったことが自慢でした。
このとき身につけた調理技術は年を取っても忘れることがなく、ご近所から頼まれると、自分専用の出刃包丁や刺身包丁で大きな鰤や新巻鮭を調理していました。
20歳で徴兵検査に甲種合格し、1940年(昭和15年)1月、習志野の陸軍騎兵第15連隊に入隊しました。
この年の3月、長野市松代出身の栗林忠道少将が騎兵第15連隊・騎兵第16連隊からなる騎兵第2旅団長に就任されており、同年12月に騎兵第1旅団長に就任されるまでの9ヶ月間、爺ちゃんは最下級の部下だったことになります。
1940年(昭和15年)、皇紀2600年を祝う代々木練兵場の式典では、最前列で馬に乗り、目の前を昭和天皇がお通りになったことが思い出として残っています。
1941年(昭和16年)、騎兵第2旅団の移転に伴って旧満州(中国東北部)に渡り、1942年(昭和17年)12月に除隊して帰国。
1944年(昭和19年)に召集されて第54野戦道路隊に入隊し、中国南部に渡って終戦まで務め、1946年(昭和21年)6月に帰宅しました。
軍隊には2回行きながら在籍期間が短いため、結局、恩給対象にはならない恩給欠格者でした。
戦後はずっと農業に従事する傍ら、副業に茸取りをして町へ売りに行き、現金収入を得ていました。
代表的な趣味は狩猟で、冬になるとウサギ、キジ、ヤマドリ、カモ、ハトなどを捕ってきて料理し、家族の動物性蛋白質不足を大いに補ってくれました。 年を取って銃を止めてからは、長野県鳥獣保護員を務めました。
60歳近くになって自動車の運転免許を取得し、87歳の誕生日がくるまでホンダの軽トラックに乗り続けました。
手が大きく指も長いので、つかみ取りなら誰にも負けないのですが、普通の手袋では指が第2関節までしか入らないので、ちょうど良い大きさの 手袋がどこにも売っていないのが悩みでした。 そんなグローブのような手をしていてもけっこう器用で、暮れになると注連縄を作り、親戚に配っていました。
アルコール・アレルギーが有り、酒類は一滴も飲めない反面、兵隊時代に味を覚えた煙草は医者に言われても止めませんでした。
2009年(平成21年) 1月30日早朝、満89歳の天寿を全うしました。 法名 釋隆真

婆ちゃん

岡田 ユキ(おかだゆき、近所の人からは”ゆきちゃん”と呼ばれていました)
大正14年2月 長野県山田村(高井村と合併して高山村になった)生まれの丑年です。
兄弟2人と姉妹2人が健在です。
戦前、愛知県の紡績工場に勤めました。
戦後はずっと農業に従事し、山菜取りは趣味兼副業で、花作りと読書が趣味でした。
NHKのラジオ深夜便を愛聴して最先端の情報を誰よりも早く得、孫の地図帳を開いてはテレビに出てくる場所を確かめていました。
鹿教湯温泉(かけゆおんせん・長野県丸子町の湯治場)へ保養に出かけるのが冬期間の年中行事になっていました。
身体障害者3級です。
長野県身障者スポーツ大会「立ち幅跳び」で3位入賞しました!
自分の身の回りのことは自分で行い、爺ちゃんの三回忌を営み、孫娘の花嫁姿の写真を見てから、2011年(平成23年) 6月10日早朝、一度もデイサービスや訪問看護のお世話にならずに自宅の茶の間で満86歳の天寿を全うしました。 法名 釋法悦

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きょうでしょ(兄弟衆)

婆ちゃんのきょうでしょ

山田の爺ちゃん

山田の爺ちゃん スキーをする山田の爺ちゃん 80歳を過ぎてもスキーをする山田の爺ちゃん
 山田温泉スキー場でヒュッテ「樹氷の家」を経営していたが、お客の激減でスキー場が閉鎖することになり、スキーができなくなるので寂しがっている。
 高山村の三浦敬三さんです。

兄弟姉妹

兄弟姉妹 婆ちゃんの姉妹と二人の弟です。
 婆ちゃんが紡績工場に勤めている間に撮った写真のようです。


爺ちゃんのきょうでしょ

牧のおばちゃん

牧のおばちゃん  爺ちゃんの妹で「おやき名人」の牧のおばちゃん
 「おやきまるめ」が上手で、冠婚葬祭などでは山のようにおやきをやいていました。
 地元のテレビ局・長野放送がロケにきたときに、”ひんのべ”を作ってテレビで紹介してくれました。
 2011年(平成23年) 7月 9日、満88歳の天寿を全うしました。

浅川のおじちゃん

社交ダンスを踊る浅川のおじちゃん 社交ダンスが得意な浅川のおじちゃん
 「2003ナイスシニア信州ねんりんぴっく」の社交ダンス部門に参加。
 ラテン部門決勝での華麗な踊りが、読売新聞の地方版で紹介された。

母袋のおじちゃん

木製トランペットを吹く母袋のおじちゃん 木で楽器を作る母袋のおじちゃん
 木工所(TEL:026-221-5579)をやりながら、木製の楽器作りに励み、ギター、ウクレレ、三味線などを作っている。
 これまでに作った作品の紹介です。NEW
趣味の木工楽器作り

村山のおばちゃんとおじちゃん

木工楽器展で記念撮影
 母袋のおじちゃんの展示会のお祝いにかけつけた村山のおばちゃん夫妻と娘。
  婆ちゃんと母袋のおばちゃんも一緒。

親と弟妹

親弟妹 爺ちゃんの両親と妹と弟です。
 爺ちゃんが出征したときの記念写真です。

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わが家

我が家  爺ちゃんの生まれる前からあったあばら家。
 大正元年(1912年)に不動産登記されているので、100年以上は経っている。
 麦藁葺き(むぎわらぶき)の屋根をトタン板で覆っている。
 昭和40年代まではこの家の中で牛や蚕を飼っていた。
 あばら屋なので目に付きやすいらしく、家の前に止まった通りすがりの車に、道を聞かれることがよくある。

「我庵や貧乏がくしの雪とける」一茶

久保の家

高山村の位置 親戚同士で呼び合うときは、家の場所で久保の家(くぼのち)と呼んでいます。
 (多分我が家だけでなく、久保地区のお宅はどこも同じように呼ばれているのでしょう)

住所表示はいろいろありますが、みんなおなじです。
 ◎〒382-0833 長野県上高井郡高山村高井1817(普段使っている表示)
 ・長野県上高井郡高山村大字高井1817番地(戸籍の表示)
 ・長野県上高井郡高山村大字高井字久保(小字まで表示)
 ・〒382-0800 長野県上高井郡高山村高井1817(郵便番号による住所)
 ・〒382-0833 長野県上高井郡高山村久保(郵便番号から変換した住所)
 ・〒382-0833 長野県上高井郡高山村高井久保1817(NTTハローページ)


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